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日本教育新聞 2005年12月5日(月)
地方議員 東西南北 32
千葉県市川市議会議員 高橋亮平
家庭と学校の補完
地域の潜在力活用しよう
長男を私立小、次男を公立小に通わせる四人の子育てをする立場や、私立中高の教壇に立っていた経験、議員という経験も踏まえて、今後の、特に公立校の可能性について考える。
少子化が進む中、都市部の教育熱心な保護者たちは、せめて子どもの教育にはと私立偏重に流れているが、そうした私立選択(受験)の裏には、塾等が不可欠な現状があり、経済的な理由による教育機会の不平等をますます増大させている。
こういう時代だからこそ、公立校の可能性を考えるべきであり、それが、地域や、他の行政施策との連携にあると考える。
核家族化・母子父子家庭の増加・女性の社会進出などにより、家庭教育力は限界にきており、学校教育への負荷と期待が増大しているが、学校教育現場も、教師の多忙と管理主義の蔓延により、教育余力は残っていない。
家庭教育と学校教育が行き詰る中で、私は、二つを補完する第三の存在として地域教育の必要性を訴え続けている。
公立校でも、知育の補完として、仕事やパートを増やし、家計をサポートし、そのお金で子どもたちを塾などに通わせている保護者もいるが、このことが家庭で過ごす時間を激減させ、家庭教育環境をさらに希薄化させている。
逆の発想で考えれば、その時間を保護者や地域の方々などが地域教育との連携の中で、学習支援コミュニティを創造し、積極的に教育主体として関わり、塾に行く必要がない学力レベルを保てる施策が公立校で打てれば、むしろこのことで、子どもたちとの時間を共有し、家庭教育との連携も図ることが出来き、より良い教育環境を育めるようになるのではないか。
校長のイニシアティブによって地域との協力・連携・協働に成功し、学校の再生等が行われているケースは現に存在する。こうした動きをさらに広げるためにも、自律性ある学校運営に向けた現場のイニシアティブを支援・応援する制度的枠組みも必要である。
現に学校教育の再生に熱心な関係者は存在し、子育てを卒業した世代や、逆に学生や若者等、それに協力する地域コミュニティやヒューマン・ネットワークが広がっている等、教育に対する潜在能力は高まっている。
こうした多種多様な人材を積極的に活用しながら、学校と地域コミュニティ・教育NPO等をコラボレートさせ、学校教育の再生と地域教育の充実を同時並行的に相乗効果を図りながら、機動的に進めていくことが重要である。(詳細は、www.ryohey.net)
こうした実践はまた、弱体化したコミュニティを活性化し、様々な分野の問題解決にも波及し、教育コミュニティや公教育施設が、地域コミュニティの中心を担うようになり、公立校の可能性はさらに広がると考える。
以下、文字数の都合でカットされる前の文章
4人の子育てをする立場から、とくに長男を私立、次男を公立の小学校に通わせる立場も踏まえてお話したい。
<公立離れ・私学偏重と 公私間格差増大>
都市部等では、すでに「公立離れ・私学偏重」「公私間格差増大」の流れが進行しつつある。
所得差での公私の選択だけではなく、少子化が進む中で、教育熱心な保護者たちがせめて子どもの教育にはと私立偏重に流れている。
その中にはもちろん、保護者に対して、公立校が、私立に対抗する軸を提示出来ている部分が少なく、学校偏重の流れの中で、マスコミのあおりも受けて、安心感を得るために私立に流れているようにも思う。
むしろ、こうした私立偏重も含む教育費と一人当たりの子どもに対する手間の増大が、少子化の流れにさらに拍車をかけているとも言えるのではないか。
こうした中で、私立と公立の関係は変わりつつある。
旧来は、所得的に余裕のある一部の層が、私立を選択するということはあっても、公立校には、学力面も含め、多種多様な児童生徒が存在し、バランスを保ってきた。
しかし、私立偏重の流れの中で、これまでなら公立にもいたはずの層まで私立に取られ、この結果、1クラスに一定数いた学力上位者を私立に抜かれた状態で学級運営をしなければならない現実から、公立校は私立校の受け皿的存在になりつつあることが拭えない。
それ以上に、教育に関心のある保護者もまた同時に私立に抜かれた形になってしまうことに、大きな損失を感じる。
公立校に残る教育に関心のある保護者も教育参加の手法が分からず、力を出し切れないでいる感がある。
<公立校の可能性と地域との連携>
しかし、公立校にも必ずしも可能性がないわけではなく、こうした状況の中で、私立に対抗できる、公立校にしかないメリットと可能性について探る必要がある。
その中で、その一つの大きな要素として、地域や他の行政施策との連携を考える。
<地域教育と地域コミュニティの可能性>
子どもの人格形成には、学校、家庭、地域、および、民間教育機関、メディアや商品を含む社会などが、大きな影響を与える。
核家族化・片親化などの進展により、保護者などへのしわ寄せが過激化し、家庭の教育力は限界であり、家庭教育力低下によって、学校教育への負荷と期待が増大しているが、学校教育現場も、教師の多忙と管理主義の蔓延により、教育余力は残っていない。
都市部では、知育については塾など民間教育機関によって部分的に補完されているが、抜本的な解決にはなっていない。
保護者たちは、仕事やパートを増やし、家計をサポートし、そのお金で子どもたちを塾など民間教育機関に頼っている。このことが、家庭で過ごす時間を激減させ、家庭教育環境をさらに希薄化させているという現状もある。
また、これまでの授業レベルは、常に最下層を意識して実践されてきた。
このことで、上位は、知育を塾など民間教育機関に頼り、教育現場もこれに甘んじてきた。
最近では、授業についてこられない児童生徒に対しても、教育現場から、民間教育機関を勧める現状すらある。
逆の発想で考えれば、地域教育との連携の中で、保護者が積極的に教育主体として関わることで、塾に行く必要がない学力レベルを保てる施策が公立校で打てれば、むしろ、このことで、子どもたちとの時間も共有でき、家庭教育との連携も図ることが出来れば、より良い教育環境を育める可能性もある。
さらに、地域との連携で「学習支援コミュニティの創造」をつくり、そこで補修的な底上げのサポートができれば、授業レベル自体もを引き上げることもできるし、上位者に対するサポートもできる。
家庭教育と学校教育が行き詰る中で、私は、家庭教育と学校教育を補完する第3の存在として地域教育の必要性を訴え続けている。
現在、十分に活用されていない「多様で多彩な学校外の人材」を積極的に活用しながら、学校と地域コミュニティ・教育NPOなどとがコラボレーション(協力・連携・協働)することによって、学校教育の再生(学校が主、地域が従)と地域教育の充実(地域が主、学校が従)を同時並行的に、相乗効果を図りながら、機動的に進めていくことが必要である。
子どもの顔が具体的に見えている人々によって、それぞれの個性に応じた学びの環境が創られることが教育改革の成功のポイントであり、「学校運営についての現場主導主義」と「学習支援コミュニティの創造」が不可欠である。
よって、学校教育主導ではない、地域が主体となった、地域からの教育モデルの創造が重要であり、法改正や学校教育制度の変更からではなく、学習支援コミュニティの創造を優先し、教育現場と市民の経験と声を反映させながら地域教育の場で、教育のシミュレーションを行うことで、学校教育に対しても、教育モデルの提案を行うことが必要である。
具体的には、教育行政特区への申請による教育規制の緩和することによる市独自の教育の実施を行い、将来的にはチャータースクールの実現も視野に入れる。
地域教育を中心とした実施の中で、独自の教育モデルを創るための実績を創る。
現在でも、校長のイニシアティブによって地域とのコラボレーションに成功し、学校の再生等が行われているケースは現に存在する。しかし、こうした改革の試みも校長の人事異動などにより頓挫する傾向にあり、継続的な動きになっていない。自律性ある学校運営に向けた現場のイニシアティブを支援・応援する制度的枠組みが必要である。
学校教育の再生に熱心な関係者が存在し、それに協力する地域コミュニティやヒューマン・ネットワークが存在しているなどの必要条件が整いつつある。
こうした有用な環境は、一方で、コミットの方法や能力の活用の方法が分からずにいる。
方向性と、参加の仕方を明確に示すことや、参加した人たちが、教育環境の改善という形でコミットすることのメリットを共有できる環境を創ることで、コミュニティの参加を促進させていくことが重要である。
すべての地域で、地域と一体となった学校運営を行える環境が直ちに整うわけではないが、現場主導型の新たな学校運営のモデル・ケースができることにより、既存学校の運営にも、刺激と好影響を与え、公立学校全体における運営改善にもプラスになる。
また、コミュニティ・スクール構想などによって、公立学校枠内での具体的な改革運動を起こしていかないと、都市部等では、すでに進行しつつある「公立離れ・私学偏重」「公私間格差増大」の流れを食い止めることはできない。
私立偏重の裏には、塾などによる民間教育機関に行くことが不可欠な現状があり、そうなると、経済的な理由による教育機会の不平等がますます増大することになるからだ。 地域の実情に応じた特色ある教育の場を設け、子どもの個性を尊重しつつ、地域住民や保護者、子どもたちの意向を十分反映した教育現場を創ることで、学校教育、家庭教育と並ぶ新たな教育形態として、地域教育を実践することで、教育の多様化・活性化を図ることが、学校教育現場である公立校の可能性にもつながると考える。
人口移動の激しい都市郊外・地方都市等では、地域コミュニティが弱体化し、地域教育力を含む地域力が大いに揺らぎつつある。
しかし、地域福祉、地域防災などをはじめ、政治・行政の地域コミュニティに対する期待は大きく、今後は地域コミュニティ主導での問題解決が期待される。
こうした中で、子育てを卒業した40代、50代、子どものいない30代・40代、20代の学生や若者など、各世代にわたって、子育て・教育に対して潜在的に強い関心・意欲・余力・能力を有する人材も増加しており、地域コミュニティによる潜在力は高まっている。
しかし、それらの人材は今のところ生かされていないので、こうした地域教育力をいかに活用するかが、これからの教育改革の鍵であり、こうした問題解決を主体的に行なえるコミュニティ形成を目指す上でも、教育分野での地域コミュニティの積極的な活用は、重要な要素である。
今回は、地域との連携に特化した記事となったが、次世代育成や文化的事業、総合学習など他政策との連携もまた公立校にとって大きな可能性であることを附則しておく。
次世代育成の中では、子どもたちの支援はもちろんだが、同時に保護者のサポートを含めた子どもたちの周辺にある育成環境の改善も含んでいる。
これまで、教育というと、常に学校教育に終始してきたが、一方では、次世代育成があり、一方では生涯学習などの名目で文化活動などが行われている。
こうした、次世代をどう育てていくのかという発想の中での学校教育、市民が育ちあうという生涯学習の発想の中の学校教育と捉えながら、教育環境全体との連携を考えれば、私立には真似できない公立ならではの新たな可能性が見えてくるのではないか。
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