■ 幼少時代をドイツでの生活
小学校1、2年と、5、6年を父の仕事の都合で、ドイツで過ごす。
日本語が通じないことから、友人たちに自分の思いを伝えられないことによるジレンマを感じる。
必然的に、日本語が通じる大人との会話が多くなったことも幼少期の成長に大きく影響したと思われる。
現地校と、週1回の日本語補習校での、少人数で、自己主張の強い友人たちに囲まれる中で、少しずつ自己主張をするようになる。
あとあと考えると、このドイツでの経験が一つの転換点だったように思う。
帰国してから、「○○さんと同じです。」と意見のないクラスメートにショックを受ける。
この頃から学級委員などもやるようになる。
| 1989年 | 市川市立大野小学校 卒 |
|---|---|
| 1992年 | 市川市立下貝塚中学校 卒 |
| 1995年 | 千葉県立国府台高等学校 卒 |
| 2001年 | 明治大学理工学部建築学科 卒 |
| 郁文館学園中高数学科非常勤講師(~2002) | |
| 2003年 | 市川市議会議員選挙において歴代2位の6003票を賜り、最年少でトップ当選 |
| 2004年 | 明治大学大学院ガバナンス科 にて学ぶ |
| 2006年 | 全国若手市議会議員の会 会長 |
| 2007年 | 市川市議会議員選挙で再選 |
| 東京財団 研究員 | |
| 2008年 | NPO法人Rights 副代表理事 |
| 市川市議会会派New Governance(ニューガバナンス)会派代表 |